時計仕掛けのオレンジからの~ビブリア古書堂の事件帳

かなり有名な作品ですね。

監督は、「2001年宇宙の旅」「博士の異常な愛情」「シャイニング」などでも知られている。スタンリー=キューブリック様でございます。

「時計仕掛けのオレンジ」自体が、スタンリーキューブリックの出世作の一つでして、かなり有名な作品でして、現代でも色々な作品にネタにされたりしています。

 

有名な所でいえば、西尾維新先生の「続・終物語」のアニメ版で、斧乃木余接(おののきよつぎ)ちゃんが、終盤の方で主人公アレックスが率いる愚連隊、「ドルーク」のコスプレをしていますし、何年か前に月9ドラマにもなった三上延先生の「ビブリア古書堂の事件手帖」でもテーマとして取り上げられていましたね。

 

私の印象ですが、これはスタンリー=キューブリックさんの他の作品にも言える事なのですが、音楽のように映像を作る人なのだなという印象を受けました。

 

「変な事を言いおって!」

とおっしゃる方もおられるとは思いますが、実際の映像を見られたのなら、納得して頂ける方もいらっしゃるのではないかと思います。

 

色彩も役者の動きも含めて、映像がが、小気味よく展開されて、まるで、映像そのものがBGMの役割を果たしているといっても、過言ではないような気がしました。

それでいて、話の本筋は外していないし、常に一定レベルの悪趣味さがキープされていた事は、見る側には、とても、有難かったように感じられました。

 

話の内容としては、非行青年が刑務所に入り、洗脳によって、非社会的な行為が出来ない状態となり、出所するも、娑婆では、敵愾心も何もない彼は、生きる場所どころか、寝泊りする場所さえ奪われる有様となってしまった。

 

まあ、その後、紆余曲折がありまして、本人の気持ちといった事とは、全く別の理由により、再洗脳されて、もとの立派な反社会的な青年に厚生するという話でした。

 

映画全体に満遍なく振りかけられた悪趣味が、中々の味を出しています。

 

内容としては、シンプルなので楽しめました。

見終わった後の、後味の悪さも、いい具合です。

映像も、カラフルで小気味よく、退屈せずに見る事が出来ました。

 

しかし、何故か、それ以上の感銘は受けませんでした。

 

映画の中で、主人公が最初の洗脳を受けた時、「僕は完全に治った」と言っていました。また、一方で、再洗脳をされた時、ナレーションの「これで完全に治ったね」という文句がありました。

人間が社会の中で教育を受けて形作られる以上、何かしらの洗脳は受けざるを得ない。もっと、行ってしまえば、教育と洗脳を明確に分ける事自体が、実際は難しく、結局、問題は洗脳の有無ではなく、所属社会の中で、その洗脳が、適合性があるのか、ないのかという点であって、その部分にて、洗脳を受けている人間の立場も、大きく左右される事になります。

 

こちらの映画を、小此木啓吾(故)さんが、授業で題材として使われていたという話を聞きましたが、確かに、心理学の教材としては、関心の対象となるのかもしれません。

 

この映画自体が、私達の社会そのものが、洗脳で成り立っていて、さらに、自我、規範、道徳といった物の、その社会による洗脳でしかないという、意味を含んでいるとも言えるのではないでしょうか。

 

これが、私の感じた事なのですが、その上で、「そうなんだ…、へ~」というくらいの感想しかもてませんでした。

 

この映画が上映された時は、この種のテーマは、新鮮だったのでしょうが、今現在は、「自我の育成=社会的洗脳」という考え自体は、それ程、稀有な物とも思えません。

 

というのも、現在の日本での状態は、この洗脳の問題が現実の社会問題の中にあり、「時計仕掛けのオレンジ」が上映された時の人々よりも、現在の私達の方が、より、身につまされた状況にあるという事なのだと思います。

「教育=社会的洗脳」「自我=洗脳の賜物」とは言っても、映画の中では、結局のところ、その先の問題が語られていません。 映画の中でも、洗脳をとくために、新しい洗脳をしてと、そんな事を繰り返す状態で終わっています。 この行き詰まりは、結局、現在の私達の行き詰まりと一緒なのかもしれません。

 

その人が所属する社会集団の数だけ、色々な処で、洗脳は行われています。また、時として、それが大きな問題となる事もあります。自我の形成には、洗脳を選択する自由しか残されていないのか、洗脳と自我を切り離す事は出来ないのか、また、本来のアイデェンティティは何処に見出せるのかといった問題などが、残ります。

しかし、結局は、それらに対する答えは、出ていないのです。

 

 

恐らく、有名な作品である筈の、「時計仕掛けのオレンジ」を見た私が感じた物足りなさは、その辺に、あるのではないか、………………………………………………………ってな感じで、昔、この映画を見た時は思ったんですよね。



でも、何年かして、冒頭で紹介したビブリア古書堂の事件帳を読んだ時に、時計仕掛けのオレンジがテーマの一つに入っていたのですが、そうしたら、原作の内容は、映画とは大分違うらしい事が分かりまして。

 

当時、日本で出版された翻訳本も、やはり、映画に合わせた内容だったらしくて、本国で出版された原作に忠実な翻訳本が日本で出版されたのは、もうブームが過ぎた頃だったらしくて、その辺の下りがビブリア古書堂の事件帳に書いてあった時は、正直、驚きました。

 

私は、原作に忠実な翻訳本というのを、まだ、読んではいないのですが、ビブリア古書堂の事件帳に書いている内容からすると、まさに、私が上記で述べた疑問や物足りなさに答えてくれていたようでして、むしろ、完全に削り取られた部分こそが、筆者が一番伝えたかった事なんじゃないかって内容でした。

 

簡単に原作忠実バージョンの方の内容を説明しますと、国の都合で、もとの極悪人に戻った主人公のアレックスですが、国のお墨付きももらい、悪事の限りを尽くして、長い年月を過ぎた頃、しぜんと悪事そのものに飽きて、自分から悪事を辞め、今度は、自分の意志で善良なアレックスに戻ってゆくという話なのだそうです。

 

勿論、「時計仕掛けのオレンジ」の中でアレックスがやっていた悪事は、洒落にならないものが多かったので、犠牲者の事を考えると、「飽きたから辞めたで、許されるのか!」というお叱りの声を聞こえてきそうですが、ここは芸術という事で、一度、モラル的な事を端っこに置いて、物語の主旨、著者が人間性というものを、どう捉えていたかという事を中心に考えてみると、少なくとも、映画のラストよりは、ほんのちょっとだけ合点が行った気がしました。

 

ただ、あの天下の天才監督スタンリー=キュアーブリックが、原作を無視するような作品の作り方をしたのだろうかという疑問が出てきましてね。それも、物語の意味が180°変わってしまうような…。

 

それで他のスタンリー=キューブリック監督の作品を見直して、彼のエピソードなんかを調べてみたのですが、いきついた答えが、これまた「音楽のよう作品を作る人」って事なんですよね。もしかしたら、彼は映画という物を、答えを教える物ではなくて、「感じる物」としておきたかったのかもしれません。(本当、私の勝手な感じ方ですからね)

 

 

スタンリー=キューブリックも原作は読んでいて、その上で内容が気に入って、映画を作ったのだと思うんですよ。ただ、彼の映画表現に、切り取られた原作部分は必要なかった…、むしろ、言い換えれば、「そこは映画のセリフで喋られても、見ている者には何の価値もない事であって、観客が自分の過程を踏んでたどりつかなければいけない場所であって、また、その答えに辿り着かないからと言って不正解とはならない事こそが、映画の素晴らしさなのだ」こんな事を思っていたのかもしれません。(だから、勝手な私の妄想ですからね。キューブリックファンの人、怒らないで下さいよ)

 

確かに、スタンリー=キューブリックは、「シャイニング」の原作者、スティーブン=キングとも、「2001年宇宙の旅」のアーサー・C・クラークとも、映画製作を際に仲たがいしているではありませんか。「シャイニング」では、原作と全く別の作品になって出来上がったという話は有名ですし、アーサー・C・クラークに至っては、泣きながら映画館から出てきたという話まで伝わっています。

 

考えてみれば、作家さん達の仕事は、いかに人間や社会の不条理といった、いまだ言葉があてはめれていない何かに、最適な言葉を探し、人の心の中で、言葉を駆使して物語を紡ぐのがお仕事です。しかし、もしも、スタンリー=キューブリックが、自分の中にあるリズムに従い、音楽を作るような映画を作る監督だったならば、作家さん達の発掘した思いや、一言では言い表せない物は、彼にとってリズムを崩す「邪魔な存在」であって、「個々の客が勝手に考えれば良い」そんな部類の物であり、この仲たがいは、それぞれが一番大事にしている物を映画として残したい、妥協はしたくないという思いから生まれた、避けえない物だったのかもしれません。

 

そう考えると、「時計仕掛けのオレンジ」で描かれる人間性以上に、それに関わる表現者の人間性に興味が持ててしまう作品でした。

 

 

まぁ、どちらにしても「2001年宇宙の旅」「シャイニング」「時計仕掛けのオレンジ」は何れも、映画史に残る名作として残っている事で、やっとこさ、表現者達の仲たがいが、けっして無駄ではなかったという事だけが、言えるのかもしれません。

 

 

…まぁ、単純に考えて、スタンリー=キューブリックの性格や、対人スキルに問題があったという考えもできますが…。そこは、そこ今となっては、伝説の域でございます。


プロフィール

manga2525

Author:manga2525
漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
すっかりメディアにはまり、きっと、その筋の業界の方には、
私はなかなか良いお客さんなのだと思います。
でも、いいんです。よくよく分かっている事ですので、…というわけで、一人でテレビや本みてほくそ笑んでいるのもなんなので、人前で語ってみようと思い始めたブログです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR