片恋さぶろう

最近、お亡くなりになられた小池一夫先生の原作作品です。作画は、松森正さんです。

 

いいですね。劇画時代漫画、私子供の頃から、劇画時代漫画が好きでして、古本屋さんに入り浸っては、買っていました。ほら、欲しくても、子供のお小遣いだと、新品は高いし、劇画時代漫画というジャンル自体、私が物心つく頃には、お目にかかる時も少なくなっていたので、そうなると、近くの古本屋を探して歩くしかないんですよね。

 

そんな中で、やはり目に入る事が多かったのは、小池一夫作品です。お亡くなりになられる、少し以前では、ツイッターでのコメントも、話題になっていたようですが、個人的には、やはり、私はこの方はストーリーテーラーであって、「物語の人」だったと思っております。

 

小池一夫先生の他の作品となると、有名な物が多すぎて、枚挙にいとまがございませんので、

興味のある方は、「小池一夫 漫画」で検索していただければ、いくらでもヒットすると思います。

 

作画を担当されている森松正先生ですが、同じ劇画でも現代物を多く手掛けてらっしゃるようです。あとヒーロー物を描く事もあるようでして、だいたい二十数年前頃にアフターヌーンに掲載された「オメガ」などは、その時代には珍しい劇画ヒーロー物でした。当時、雑誌で見かけた時は、少し珍しいジャンルだったので、よく覚えています。他には、有名な所では、少し前にテレビ東京の深夜ドラマで人気が出た「湯けむりスナイパー」なんかも、作画として執筆されています。

 

さて、今回の作品「片恋さぶろう」ですが、主人公は、片乞三郎信綱という徳川家康の家臣です。タイトルを見てお気づきの方もいらっしゃると思いますが片乞の「乞」の字が「恋」になっているのです。

 

そうです、これ実はテーマは恋愛物なんですよね。こんなに漢字並べて、徳川家康まで出てきて、それで恋愛物って、一見すると違和感ありありだんですが、これが結構、独特の恋愛模様を描いていて、読んでいて引き込まれる作品なんですよね。まぁ、考えてみれば、恋愛物は、基本的に恋が芽生えそうにない場所に恋が芽生えるのを楽しむ「意外性の興」というのもありますので、時代物だからといって、恋愛が成立しないという事もないんでしょうね。

 

こちらの「片恋さぶろう」のストーリーを簡単に書きますと、時代は、徳川家康が日本を平定して間もなくの頃、関ケ原の合戦には勝利したものの、不穏分子はいまだに各地にいて、天下泰平というには、未だ遠い頃のお話です。

 

徳川家康は、朝廷が力を持ち、他の大名と結託し、再び乱世を引き起こす事を恐れ、いかにして朝廷との繋がりを持ちつつ、朝廷の力を削ぐかという事に苦心しておりました。

 

朝廷の力を削ぐために、徳川家康は「禁中並公家諸法度」という法律を作り、朝廷の財力や武力を削ぎました。そして、今度は、家康の孫娘「和姫」を天皇家に輿入れさせ、朝廷との姻戚関係を作ろうと計画していました。

 

しかし、朝廷側としては、「禁中並公家諸法度」による締め付けを断行されたというのに、今度は、自分たちの信仰の対象である天皇と親戚付き合いをしようとしている徳川家康の計画など、快く思うはずもありません。さらに、和姫の輿入れを見ないまま、徳川家康は病死します。朝廷側の怒りは、残された和姫婚姻へ、さらに、一歩進んで、「和姫暗殺」へと発展してゆきます。

 

片乞三郎は、頭カチカチの忠臣でして、それが、徳川家康の亡くなる間際に和姫の事を頼まれてしまったのだから、そりゃあ、命がけで、なんとかしようとします.

 

さて、ここで、お気づきの方はいらっしゃるかとは思いますが、先に話したように、「片恋さぶろう」は恋愛物です。恋愛するからには、最低二人以上の当事者がいます。それは、誰かと言うと、一人は片乞三郎、もう一人が誰かと言うと、実は「和姫」なんですね。

 

ただ、ここで気を付けてもらいたいのは、和姫の政略結婚ですが、政略結婚なんて物は、昨日今日に決めて、決行されるものではありません。なんなら、生まれる前から決めている大名だっているくらいです。ちなみにこの和子姫はどうかというと、恐らく、片乞三郎が家康に頼まれた頃は、八歳くらいかなと思いますが、その頃から、和姫様は、かなり片乞三郎になついている様子です。なにせ、大好きなお爺ちゃんが、信頼して傍に置いている男性ですから、大好きになるのも頷けます。

 

 

さらに、和姫の好意の表し方も、かなり特殊でして、家康に「おじい様、三郎の命が欲しい」とねだったかと思うと、言われた家康おじい様の方も困った事に「そうそうか、よいぞよいぞ」と言って、真槍を抜いて子供にわたし「ただし、取れたらな」と言い放つ始末。

 

そして、喜んで、片乞三郎を突き殺しにゆく和姫様。そして、それをニコニコして見守る、目じりの垂れ下がった徳川家康。しかし、徳川家康の恵比寿顔には、理由があります。それは、片乞三郎の他に類を見ない武術の腕前です。

 

和姫の槍の切っ先が、片乞三郎に触れるか否かの瞬間、片乞三郎の拳が畳の縁に触り、その刹那、畳が片乞三郎の身を守るように、速やかに真槍の前に立ちはだかりました。さらに、隣の畳、その隣の畳と横に移動しながら、畳の壁を伸ばしてゆく片乞三郎。

 

 

すでに、和姫の興味は、三郎の命から、生き物のように立ち上がる畳に向けられ、今は、激しく手を打ちながら「もっと、見せて」とはしゃいでいます。

 

一見すると、

「なんなの、この人たち?」

「大丈夫なの!子供に何やらせているの?」

「サロメかい!」

と言いたくなる光景ですが、何だかんだ言っても、戦国の気風が残る、江戸の初期です。今の私達の社会通念を持ち込んで、良い悪いを言ってみても、仕方がないので、その辺の事は、端の方に避けておきましょう。

 

さて、片乞三郎の方も、普段は苦虫かみつぶしたような顔をしているのですが、基本、和姫にデレデレです。誰かが和姫様を誘拐しようものならば、すっ飛んで行って、真っ二つです。

 

お爺ちゃんのお墨付きがあって、我儘を全部許してくれて、その上で何があっても守ってくれる、めちゃくちゃ強いおっさん…、そら子供もなつきますし、思春期にはれば好きにもなります。

 

片乞三郎が和姫を守り始めたのが、何歳頃なのかは、漫画の中では具体的な記述はありませんが、色々と逆算すると八歳くらいかと思われます。その後、片乞三郎は、敵の目を晦ますために、自分は死んだ事とし、山の中にかくれます。そして、和姫と、再び、再開した際に、片乞が一言、

「…お美しい」

となる分けなんです。

 

こうして見ると、片乞三郎の好意が具体的なセリフで描かれるのは、八歳の時点ではなく、再開した時なんですがよね。その時には和姫が十三歳の頃となります。

 

十三歳とおっさんの恋愛って、現代ならば関係各所に叩かれるレベルの物ではありますね。さらに、八歳の和姫に対しても、片乞が個人的好意を持っているかどうかという事に関して、具体的がないというだけで、あって、ニュアンス的には、そうと受け取れない分けでもないという場面もあります。そうなりますと、「もしかして、八歳の頃から…」と思うとそれはそれで怖い話です。

 

…が。しかし、話の流れからしても、そういう類の話ではないと思います。ちなみに、片乞三郎と和姫に関しては、濡れ場的な物は一切ありません。完全、プラトニックと言っても過言ではありません。そもそも、当時よりも、ちょっと、昔の戦国時代なんかは、十三歳で輿入れなんて普通の話ですからね。もっと、早くからの輿入れなんて、いくらでも例があります。

 

恐らく、片乞三郎は、最初の頃は、本当に主君である徳川家康の命令に従って、命を落とす事が本懐と思っているくらいの、忠義馬鹿だったと思うんですよ。それは、戦国の気風が残っている当時は、逆に、珍しい事だったと思います。

 

なにせ、戦国時代というのは、裏切り上等、下克上の風潮も強かったですし、二人の主君に同時に使えるなんて事は、それ程、珍しくはなかった事です。よく聞く「二君に見えず」なんていうのは、儒教の教えですから、江戸時代の、もうちょっと官僚政治が進んだあたりの考えなので、徳川幕府が始まった頃の日本において、片乞三郎のような考え方の人間は稀…というか、変人…、〇ち〇いと後ろ指を指されてもおかしくなかったかもしれません。…ようは、忠義馬鹿ですよね。また、そんな片乞三郎だからこそ、徳川家康は死ぬ間際に和姫の事を頼めたのかもしれませんね。

 

片乞三郎は、最初の敵を退けた後、考えました。もしも、自分がこのまま出張っていたら、敵は、和姫が宮中にお輿入れしてから殺そうと、予定変更してしまうのではないだろうか。そうなっては、片乞三郎でも、なかなか手を出せません。理想的なのは、和姫が宮中にお輿入れする前に、反乱分子を全てあぶり出して殺す事だと…。

 

その為に、長い年月を死人として過ごし続ける片乞三郎。そして、やる事といえば、毎日毎晩、和姫の安全を願いつづける。そして、いざ、久しぶりに姿を見ると…。そりゃあ…。

「…お美しい」

って、なりますよね。

それでも、片乞三郎は、和姫を無事、宮中にお輿入れさせるが仕事であって、それこそが、和姫の幸せと考える片乞三郎には、和姫の幸せを踏みにじり、自分の想いを押し通すなんて事はできません。だからこそ、彼の恋は、片思いでなければ、ならないのです。

 

そんな風に和姫への想いを、胸に秘めつつ、ただ、ひたすらに死線をくぐる片乞三郎が、どうにも切なくて切なくて…。一方、これで、和姫が、片乞三郎を家臣としか思っていなければ、まだ、それはそれで忠臣としての本懐を遂げるという事で、片乞三郎が一人で主人に横恋慕。「好きな人の為に死ねて、それはそれで良かったね」となるんですが、こちらの和姫なんですが、片乞三郎に負けず劣らす、片乞三郎に惚れているのですね。それこそ、こちらは、恐らく、八歳の頃から、惚れている感じがあります。

 

そうなると、片乞三郎の忠義を通す事は、本当に和姫の幸に繋がるのかという問題が、常に頭をもたげる事になります。疑問を持ちながらも、二人は二人の幸せの為の根本的な打開策を見つけられないままに日々を過ごします。和姫は、片乞三郎と過ごせる日々を、ただ、ひたすらに噛み締め、片乞三郎は、和姫の為に、ひたすら命を懸けて、戦い続けます。そんな風にして、物語は、和姫のお輿入れへと進んでゆきます。

 

 

最後に、片乞三郎が敵に言われた言葉で、物語の内容を端的に表したセリフがあるので、紹介します。

「…哀しくて、強い。

片恋さぶろうじゃ。

実ならぬ哀しい、恋してさぶろう…」

そうなんです。彼にとっては、恋が実るとか、そういう事はありえない事なんです。

ただ、ひたすら、好きな人の為に自分を使い続ける。もしも、好きな人の幸せの為に出来る事があるならば、自分の命は、それが達成できる所まであれば十分。そんな風に思っている人のお話です。

 

ここまで、書いて来て、なんなんですが…。

きっと、こういう人に好かれて、また、こういう人を好きになった人は、基本的に不幸なんじゃないかなと思うついこの頃です。

 

 

 

 

 

 

 


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Author:manga2525
漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
すっかりメディアにはまり、きっと、その筋の業界の方には、
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