まんがで読破シリーズ 「ドグラ・マグラ」

イーストブレスと言う会社が出している「まんがで読破」と言うシリーズの中の一冊です。こちらの「まんがで読破」シリーズ、結構、面白いんですよね。基本的に、私、ものぐさなので一回小説などで読むと、後は、再び漫画で読むなんて面倒くさいなと思う方なのですが、こちらのシリーズは読んだ事のある作品でも、つい読んでしまいます。

 

…というのも、名作のコミカライズって、今まで、沢山行われてきましたが、小説以上に面白いと思った事がないんですよね。誰もが知っている名作を題材にしているという事もあってか、大概の作品が、あらすじを無難にたどり、名作のイメージを逸脱しないようにしすぎて、漫画としての面白さが感じられないというのが、私の今までの名作コミカライズへの感想でした。

 

しかし、こちらの「まんがで読破」シリーズは、ちょっと違っていて、本筋から外れはしないものの、その範囲内で「面白さ」を魅せようと頑張ってくれている気がします。実際、小説のキャラクターに関しても、文章だけで読むとは、また、違った印象を受けます。考えてみれば、原作と作画が違う漫画で面白い物なんて山ほどあります。だからといって、漫画家の手腕が、全く関係ないなんて事はなく、やはり、原作に書かれていない部分は、漫画家の力による所が大きく、また、しっかりと練られた原作は漫画やドラマにしても面白いと思います。

 

「昔の優れた新作が、古典として残るのだ」という言葉を何処かで聞いた事があります。こんなにも長く残った小説が、面白い漫画原作となり得るのは、ごく自然な事のような気がします。そう考えると、名作という名の神棚から降ろせば、名作は、いくらでも面白くなる可能性を秘めている作品なのだとも言えます。そういった意味では、「まんがで読破」シリーズは、名作の面白さの可能性を、ちゃんと掘り下げているシリーズなのではないかと思います。(当たりはずれは、ありますけどね)

 

また、このシリーズはコミカライズに選ぶ本の選択が、なかなか乙なんですよね。普通は名作のコミカライズというと、「坊ちゃん」とか「こころ」あたりを選びたいですよね。勿論、その辺も網羅してはいるんですけど。他にも西田幾太郎の「善の研究」戦国物によく出てくる宣教師ルイス=フロイスの「フロイスの日本史」九鬼周造の「いきの構造」、「おいおい、これまでコミカライズするのかよ!」と言いたくなるような、高校時代の倫理の教科書に言葉だけ並べられていたような本までコミカライズしています。確かにどれもこれも名著ばかりですが、けっして感動を呼ぶ為に書かれた物でもなければ、人を楽しませる為に書かれた物でもありません。こうなると、面白い原作を選ぶというよりも、「どんな原作でも面白くしてやる」という逆転の発想的な気概を感じざるを得ません。そんなこんなで、わりとこのシリーズは読んじゃうんですよ。ちなみに、この「まんがで読破」シリーズですが、月一回のペースで新作を出しているそうです。

 

 

さて、その中でも私が気に入ったのは、「ドグラ・マグラ」という作品です。この作品がコミカライズの棚に並んでいるのを見つけた時は、つい、即買いしてしまいました。

 

こちらの「ドグラ・マグラ」は、一部のファンの中ではかなり有名でして、誰がカウントしたのかは知りませんが、一応、「日本三大奇書」の中に数えられおり、特に「ドグラ・マグラ」「読み終わった人は、数時間に一度は精神に異常をきたします」と出版時のキャッチコピーに書かれていた事が有名ですね。私も若いころ、「ドグラ・マグラ」の小説も、松本俊夫監督の映画も見ましたが、特に頭がおかしくなるという事はなく、普通に小説版も映画版も楽しめたと思っております。

 

ちなみに、日本三大奇書の他の二作品は、小栗虫太郎先生の「黒死館殺人事件」と中井英夫先生の「虚無への供物」です。何れも、探偵推理小説です。また、どちらも私は読んだ事はありませんが、「黒死館殺人事件」は「まんがで読破」シリーズからコミカライズされています。よく勘違いされる事がありますが、日本三大奇書に「家畜人ヤプー」は入っていません。こちらの称号は「戦後最大の奇書」だそうです。どれもこれも当時のキャッチコピーみたいなものだったんでしょうね。

 

 

未だにに根強いファンの多い、夢野久作先生の「ドグラ・マグラ」ですが、漫画ではかなり分かりやすくなっています。「ドグラ・マグラ」が読解が困難であると言われた理由の一つに、その物語の構成の複雑さと、場面転換の多さがあげられます。基本的には、主人公は、物語の冒頭の舞台である九州大学病院の精神科病棟からは動いてはいないのですが、登場人物のやり取りの中で、一か月前の大学、突然回想シーンに出てきた登場人物の生家がある福岡県の田舎、唐の玄宗皇帝の時代と場面が転換します。結構、この転換の仕方が、小説ではわりと急なのですが、けっして論理的には崩壊していないという絶妙な匙加減の構成になっています。おそらく、あれだけ複雑な構成を成立させ、なお名作として読者に読ませる事が出来るのは、夢野久作先生の文体があっての事なのでしょう。

 

 

一方、これがコミカライズされますと、思った以上に分かりやすくなるんですよね。実際、小説に書かれている内容の全てが書ききれているかという微妙ではあるのですが、話の筋自体は網羅していますし、何より、唐突に変化する場面転換も、こま割りされた絵で表される事で、かなり読みやすくなっていると思います。案外、漫画と相性が良い作品なのかなとも思ってしまいます。少なくとも、小説版「ドグラ・マグラ」を読む時の、良い参考書となるような気はします。

 

 

物語は、意識不明のまま、九州大学病院の精神科に入院していた、ある事件の重要参考人が意識を取り戻すところから始まります。

 

主人公は、この重要参考人の「青年」です。名前は、物語の最期の方まで出てきません。「青年」は、ある事件を切掛けにして記憶喪失となり、そのまま精神科に収容されていたという状況でした。

 

物語の運びとしては、事件解決の為に、「青年」の記憶を蘇らせようと法医学教授の若林鏡太郎という登場人物が、「青年」と対話を続けるという構成です。話の中には、多くの人間の名前は出てきますが、作品の時間軸の中で存在しているメインキャラは、三人しかいません。基本的には、「青年」と「若林鏡太郎」の会話に、回想や資料の振り返りを割り込ませるような形で話は進みます。その点では、物語全てではありませんが、前半部分に関しては、複雑な構成であっても、基本の時間軸には現実というシンプルさがあるので、読者としては話が大きく広がりすぎても、元に戻る場所が用意されているようで、少し安心する事ができます。

 

 

しかし、次第に、話が広がるにつれ、読んでいる方の時間感覚も狂ってゆき、しらずしらずの内に物語の中で、唯一、灯台の灯のようにはっきりしていた主人公と若林鏡太郎が会話をしているという現実でさえあやふやになり始めます。

 

しかし、ここで断っておきたいのは、どちらかというと小説版の感想に近くなってしまい恐縮ではあるのですが、また、もしかしたら、コミカライズで漫画家さんも再現しようと意識されていた事でもあるのかもしれませんが、私は現実があやふやになってゆくという感想を前述しましたが、それは現実が曖昧になってゆくという現象を文章で描いているというのとも、また、物語が論理的に破綻しているというのとは、全く意味が異なっており、あえて具体的に述べるのならば、物語も文章も破綻する事なく、「曖昧になる事」そのものを書き表す事なく、読み手に作品を読んでいるという最小限の自我を保たせつつ、読んでいる人間の中に、本の中の現実が何処にあるのかが分からなくなってゆくという現象を故意に起こさせているという事を意味しています。それを一言でいうのならば「取り込み、溺れさせる」という言葉が当てはまるのかもしれません。そして、最期には読者の視点である、主人公の自我までも曖昧となり、それと一緒に読者には煙に巻かれたような不思議な読後感が残ります。(あくまで、私の感想ですからね)

 

こうやって書いてみると、小説というよりも、アングラ芝居のシナリオを説明しているような気になってきますが、また、この夢とも現実ともつかない不気味さが、漫画版にしても小説版にしても面白さの一つだと言って良いでしょう。そういった意味では、漫画版「ドグラ・マグラ」は、小説の雰囲気を上手く掴んでいるともいえると思います。

 

 

漫画版「ドグラ・マグラ」も大変面白い作品ですが、漫画の分かりやすく明確に伝えるという絵の力とは、また、違った、文字だけで物語を伝えるというシンプルな手段だからこそ可能な、より深く伝え思考させるという特徴を持つ小説という手法によって描かれた「ドグラ・マグラ」も大変魅力的な作品です。

 

特に、小説という手法と、夢野久作先生の筆力が合わさった時の力は絶大で、印刷された言葉達は、読む人に対して、脳の奥に硫酸を流しこむような問答無用の浸食力を発揮します。

 

漫画版を読んで面白かった方は、是非、小説版を読んで、夢野久作先生の筆力と絶妙な構成力を確かめて戴きたいと思います。

 

 

 

 


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漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
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