六三四の剣

こちらは、かなり有名な作品だと思います。

作者の村上もとか先生は、「六三四の剣」だけではなく、「龍」「仁」と何度もヒットを飛ばしています。いわゆる、ヒットメーカーと言ってもいいのかもしれません。

 

ただ、随分、懐かしい作品である事は確かです。

何故、今、この作品を取り上げるかと言うと、古本屋さんの年末セールで全巻セットが売られていたからってだけなんですけどね。

 

正直、場所を取ると奥さんにも迷惑かけるだろうし、買うかどうしようか迷って、一度は諦めたのですが、その様子を隣で見ていた奥さんが、気を利かせて買ってきてくれたんですよね。お陰様で、正月は、懐かしい作品を読んでノスタルジーに浸れました。

 

 

この「六三四の剣」という作品は、わりと好きで子供の頃から見ていました。見ていたといっても、私の場合、始まりはテレビアニメですけどね。

 

私は、小学生の頃、剣道の道場にいて通っていまして、丁度、はまりやすいタイミングで「六三四の剣」と出会ったんでしょうね。

 

そもそも、私が剣道を始めた時の切掛けが、クラスの女の子に連れて行かれた事、その頃、時代劇が大好きで高橋英樹さんの「桃太郎侍」や里見浩太朗さんの「長七郎江戸日記」にはまりまくっていたというのがあるのですが、誘ってくれたクラスの女の子は、とっとと辞めちゃいましたし、「桃太郎侍」は放映が終わっちゃいましたし、そもそも、クラスにも剣道をやっている子供がいないので、あるある話も出来ませんし…。

 

そんな理由で、モチベーションが下がっていた辺りで出会ったのが、「六三四の剣」のテレビ放映でした。今、読み直すと、若干、行き過ぎのなのではないかという剣道一色の世界観にはまり、おかげ様で、そのまま、中学も剣道部、高校に入ったら、剣道部がないので自分で剣道部を作って、大学に入っても、一応、時たま、道場に通ったりと、剣道とは長い付き合いになってしまいました。社会人になると、さすがに、道場に行けなくなってしまいましたが、それでも、「六三四の剣」を書店で見かけると、つい、懐かしい気分になってしまいます。多分、当時は、私みたいな剣道少年、多かったんじゃないかなと思っています。

 

恐らく、妻も、そんな私の気持ちを見越して、買ってきてくれたのでしょう。豪華版全11巻セット、車のない私達夫婦の生活で、妻が一人で家まで持ち運ぶのは大変だった事でしょう。そんなこんなで、私の中で、竹刀でボコボコにされた記憶なんかと結びついていた「六三四の剣」に、新たに「妻の優しさ」という記憶が上書きされたわけです。

 

 

さて、「六三四の剣」そのものへと話を戻しますと、前述しましたが、これがまた、剣道一色なんですよ。寝ても覚めても剣道で、たまにラブコメがあるんですが、それこそ、ミックスフライ定食の使いまわしたパセリ程度の扱い、ちょっと、ピンク色の甘い香りの話になりそうになっても、結局は、登場人物がみんな剣道の藍色の汗臭い世界へと流れて行ってしまう。まさに、剣道ブラックホールのような世界観です。

 

原作者の村上もとか先生ですが、「六三四の剣」の前の連載も、「エーイ剣道」という剣道絡みの作品だったようです。代表作の「龍」なんかは、主人公が戦前の武道専門学校の剣道科に通っており、「龍」の初期段階などは、剣道描写が多くて、ほとんど剣道漫画と思えるほどでした。勿論、「六三四の剣」も剣道描写は細かく、そして、勢いのある線で描かれています。剣道自体が、わりと直線の動きが多いスポーツですので、勢いのある線で丹念に書き込まれた、剣道シーンはなかなかの圧巻です。

 

ただ、最近、調べて分かった事なのですが、村上もとか先生のインタビュー記事を見ると、意外な事に、先生ご自身は、実際に剣道をやる機会はなかったようです。なんでも、村上もとか先生のお父様が、子供の頃から剣道を続けられていて、その時の事を面白おかしく、村上もとか先生に話していらっしゃったそうでして、お父さんの話を聞く内に、村上もとか先生自身も、剣道への憧れが生まれたそうなのですが、地元の学校に剣道部がなく、結局は、ご自身が剣道をする事はなかったとの事です。

 

ちなみに、「六三四の剣」の内容は、奥様のつてやら何やらを使った、丹念な取材によるもののようです。逆に言えば、実体験に縛られず、入念な取材と資料との格闘があったからこそ、あれ程のヒット作が生まれてと言えるのかもしれません。

 

「六三四の剣」のストーリーについてですが、これは岩手県に生まれた「夏木六三四君」という男の子の生誕から、高校インターハイ優勝までの期間を書いた青春漫画です。勿論、青春なので、恋の春も訪れますが、それでも、結局は、剣道にゆきます。読む方は、その辺の剣道ブラックホールは覚悟しておいた方が良いと思います。

 

この夏木六三四君のお父さんですが、警察機動隊にお勤めの方で、「岩手の虎」と恐れられた剣道家、夏木栄一郎です。六三四君の名前の由来も、物語の中で、「宮本武蔵にちなんでつけられた」というセリフと「六月三日四時に生まれたから」というセリフがありました。恐らく、両方とも本当なのでしょうが、少年時代の六三四君は「六月三日四時」の方を採用していたようです。剣道をやっていて「宮本武蔵にちなんでつけられた…」と言うのは、六三四君自体、言うのが恥ずかしかった時があったのかもしれません。

 

夏木栄一郎さんは、全日本大会を優勝してしまうような選手なのですが、どうしても勝ちたい相手がおりまして、それが大学時代の先輩、奈良の柳生に住む、東堂国彦さんです。実は、夏木栄一郎さんが優勝した年の全日本大会には東堂国彦さんは出場しておらず、どうしても、それが心残りな夏木栄一郎さんは、東堂国彦さんと戦うべく全日本大会二連覇に乗り出します。

 

結局、夏木栄一郎さんは大会の準決勝で、東堂国彦さんと戦えるのですが、東堂国彦さんの鋭い突きを受け、場外に転落し、その時の怪我が元となり、夏木栄一郎さんは亡くなってしまいます。

 

大好きなお父さんを殺されたと思った六三四君は、東堂国彦さんへの復讐を誓います。

練習としては、表向き剣道を辞め、夜の山の中に入り、ひたすら生木に突きを入れ、何年もかけ、木の枝の突きで大木を貫通するという練習です。練習の成果あって、六三四君は小学四年生にして、すでに突き技で大木を貫通させる力を手に入れてしまいました。

 

一見すると、「それは、すでに剣道じゃないだろう」という突っ込みを入れたくなりますが、昔の剣道家には、一晩中突き技の練習をして、何本もの木を枯れさせたとか、新選組の斎藤一は、後年、木から吊るした空き缶を竹刀による突きで貫通させたというような逸話があったので、遥か昔はポピュラーな事だったのかもしれません。ちなみに、剣道家逸話みたいな物も作品の中には散りばめられていて、それも結構楽しめます。

 

大木を貫通させる化け物へと成長した六三四君は家出して、仇の東堂国彦の元に行きます。そして、そこで東堂国彦に完膚なきまでに打ちのめされ、東堂の夏木栄一郎への想いを聞かされ、剣道の奥深さを知り、仇討で頭の中がいっぱいになっていた自分を反省します。そして、東堂国彦の息子、東堂修羅と友情を育み、剣の道を進む事を、新たに決心します。

 

これ以降から、ストーリーは夏木六三四君と東堂修羅君のティーンエイジャー達の物語を中心に進んでゆきます。ここまで、お読みの方は、お気づきかと思いますが、「六三四の剣」って、剣道がテーマなんですけど、同じくらい重要なキーワードが、父と子なんですよね。この辺りは、村上もとか先生が剣道の話をお父様に聞かされた事などを考えてみると、何か、「この物語は、こうなるべくしてこういう物語になったのだな」という説得力のような物を感じてしまうのは、私だけでしょうか。

 

「六三四の剣」のストーリーラインを書いていて、ひとつ気が付いたのですが、「恋よりも剣の修行」「父の仇討」「ライバルとの切磋琢磨」「青春の揺れ動き」なんか、現代物の漫画というより、キーワードを集めてみると、場面は現代ではあるんですけれど、時代劇物みたいなんですよね。いや、もしかしたら、実際に、現代で時代劇を描くというコンセプトは、村上もとか先生の頭の何処かにあったのかもしれません。

 

そうなると、私なんかは、桃太郎侍や長七郎江戸日記にはまって、剣道やって、次に「六三四の剣」にはまって、剣道続けて…、大人になって、再び、読み直し…。こんな繰り返しを続けておりますが、結局は、ずっと、時代劇やチャンバラが好きなガキんちょのまんまで、あまり成長していないという事なのかもしれません。

 

若干、衝撃の事実的なものを、私自身は感じていますが、同時に「…まぁ、そんな物なのだろうね。うん、気づいていた」と、妙に納得してしまう自分もいるんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
すっかりメディアにはまり、きっと、その筋の業界の方には、
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