長閑の庭

アキヤマ香先生という方の作品ですね。

私、この方の作品を読むのは、「長閑の庭」が初めてです。以前、NHKBSプレミアムでドラマ化された作品のようですが、読み終わってから、その事を知りました。しかし、漫画を読み終わった後は、「そりゃ、ドラマ化されるよね」という気持ちと、ドラマよりも漫画の方を先に見る事ができて良かったという二つの気持ちが残りました。漫画。良かったす。

 

率直に感じたのは、沢山の感情を詰め込んだ作品だなという事でしょうか。何よりも、主人公の心理描写が細かく、その細かい心理描写を無駄なく作品の中に詰め込み、その主人公の気持ちの変化や、行動で起こるまわりの登場人物の心の動きや、態度の変化といった表現の細かさに惹きつけられました。

 

長閑の庭の主人公(朝比奈元子)は、ドイツ文学部の大学院に所属する大学院生です。彼女はアクティブに動き回るというタイプではありません。それだけに一つの行動を起こす時に、とても悩みます。なんなら、行動2の悩み8くらいの勢いで、年がら年中悩み続けています。幼い頃から、「しっかり者」というラベルを周りから張られた彼女は、いつの間にか、自分で選ぶ洋服も、しぜんと目立たない地味で黒い物ばかりとなってしまいました。そして、ついたあだ名は「シュバルツさん」です。ドイツ語で黒を意味するようです。なかなか、色をあだ名にするというのも、呼ぶ方も呼ばれる方も珍しい部類に属しているように思えます。恐らく、余程、特徴が無かったのかもしれません。

 

そんな彼女が初めての恋に落ちます。

相手は専任教授の榊教授です。朝比奈元子22歳、榊教授64歳。実に年の差42歳のカップルです。しかも、大学院の専任教授と大学院生です。朝比奈元子さんも、自分の気持ちが恋といえるのかどうかすら自信がもてませんし、榊教授も立場上の問題もあり、彼女の気持ちを受け入れられません。そんな二人のはっきりしない時期が、長々と続きます。それこそ、作品の九割は、はっきりしない状態での、朝比奈元子さんの心理描写です。

 

普通ならば、中だるみしそうな展開ですが、読んでいると、退屈を感じないのです。心理描写が細かく書き込まれ、表現方法が美しいので、むしろ、朝比奈元子さんの悩んでいる状態がアクティブにすら感じられるのです。確かに、悩むのも体を動かすのも、脳内と手足をという箇所の違いはあっても、活動している事には変わりはないのでしょうが、悩みを活動的に描くという事は、なかなか難しい事なのだと思います。

 

そして、何より、私が「長閑の庭」を気に入ったのは、嫉妬などの人間の負の感情を、ちゃんと描いていて、さらに、恋をして誰かを求めたり、愛する人に無償で何かを与えたいという感情も、嫉妬や不安、苛立ちをいった感情を同列に扱っているというところです。

 

確かに恋愛をしている時は、楽しくて、ポジティブな気持ちが目立ちますが、実際の人間の気持ちなんて、そんな単純なものでもなくて、誰かに好意を抱く時は、よほどの聖人君子でもない限り、多少の独占欲は出ますし、独占欲が出れば、嫉妬も生まれます。しかし、こういった感情を持たずに、自分以外の他者を「自分にとって特別な人間」として受け入れる事は難しいのではないでしょうか。

 

他者と向き合い、受け入れようとした時、生まれる様々な感情の中で、見栄えがいい感情と見栄えが悪い感情で分けて、見栄えがいい感情を集めて、「恋愛」の主要部分として、見栄えが悪い感情を副産物、あるいは「消したい物」として理解する。私達は、しぜんとそんな作業をしているのかもしれません。

 

でも、心のどこかに、疑問が残る人がいるのではないでしょうか。

苦しかった嫉妬や、憎しみ、不安や悪い妄想…。自分から生まれたそれらを「負」のままにしておいて良いのか?

「それじゃあ、あまりにも自分が可哀そうじゃないか…」

「あまりにも白々しいんじゃないか…」

この本を読んでいると、そんな正直で優しさにあふれた問いかけが聞こえてくるような気がします。

 

「長閑の庭」には、特別な起伏も、どんでん返しもなければ、手から光線もでなければ、ましてや、教会でお金を払って、呪文を唱えると死んだ仲間が蘇るような事はありません。

 

この物語の中に描かれているのは、とても当たり前の事です。しかし、「当たり前の事」だからといって、「大事ではない事」だとは限らないのです。

 

この物語の登場人物達は、人を好きになり、目の前の誰かに向き合おうとして自分と向き合わずにはいられなくなり、それでも幸を求め、大切な人たちに見守られながら、最愛の誰かと一緒に過ごす事が出来る、奇跡的で貴重な…、そして、驚く程に短い時間を、力の限り生きてゆきます。

 

それは、私達、人間が何万年と繰り返してきた当たり前の事で、また、「当たり前」だけど「とても大事な物」なのでしょう。

 

「長閑の庭」は、当たり前だけど大事な物を、大切に拾い集め、丹念に描かれた作品だと思います。私を始めとして、読んでいる人は、しぜんと引き込まれ、読み終わった後には、寂しさを伴いながらも前向きな読後感を味わえるのではないでしょうか。

 

 


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Author:manga2525
漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
すっかりメディアにはまり、きっと、その筋の業界の方には、
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