弟の夫

ゲイ・エロティック・アーティストという肩書で活動されている田亀源五郎先生の作品です。

確か、こちらの「弟の夫」が田亀源五郎先生、初の一般向け作品となっていた気がします。一般向け以外の作品は、わりとハードゲイ物に区分けされていたように思えます。

 

私も、何度か「薔薇族」かなんかで、他の作品を読みましたが、異様なくらいに登場人物のガタイがよいわりに、なんとも微妙な表情が描かれていた事に、好印象を持った事を覚えています。漫画の後書きを読みますと、田亀源五郎先生はパートナー(後書きでは「とうちゃん」と書かれています)とは、すでに24年を超えるお付き合いとの事だそうです。やはり、微妙な、表情の変化を作品で描けているという事は、同じ人と向き合い続けてゆくという事が大切なのかもしれませんね。

 

 

今回の作品「弟の夫」の登場人物も、閉口した時などに、なかなか良い表情をしてくれます。やはり、一般向けの作品で、性的マイノリティをリアルに扱おうとすると、登場人物の感情表現にしても、マジョリティな性を扱った作品に比べて、オープンな表現が少なくなるのがしぜんなのかなとは思いました。

 

…というよりも、性習慣というものは、かなりプライベートなものなので、LGBTの皆様も、異性愛者の皆様も、自分とは違う性習慣を持つ人と身近に接する場合があれば、どんなに偏見の少ない方でも、一度は、自分の中だけで捉えなおす時間が必要になるのだと思います。それは、自分が今まで生きてきた時間だったり、相手が生きてきた時間を想像したりと、色々な作業があるのでしょうが、それは、人が自分とは異質な何者かと向き合う時、絶対に必要となる「閉口」なのでしょう。「弟の夫」は、そういった意味の「閉口」をとても大切に扱っている作品なのではないかなと思いました。

 

主人公の折口弥一は、不動産賃貸業をしながら、小学生の娘「夏菜」を育てるシングルファーザーです。ある時、家を出てカナダで暮らしている双子の弟「良二」の訃報を聞かされます。そして、良二の結婚相手マイク=フラナガンが、良二の故郷である日本を訪れる事になります。

 

弥一は、弟の良二に学生の頃、「自分が同性愛者」であることを告げられました。それ以来、弟との間がギクシャクしてゆき、やがて、良二はカナダへと旅立ち、10年の歳月が経ちました。弟を非難する事も認める事もできず、弟からのカミングアウトをやり過ごす事しかできなかった弥一にとって、マイクの来日は、ずっと、見ないようにしてきた苦い記憶を見せつけられる物だったのかもしれません。

 

マイクが来日してから、弥一の微妙な日々は続きます。また、この時の弥一君が、常に、何か言いたそうで、何も言いたくなさそうな、所謂「いい顔」をするわけなんです。こういう表情、私は大好きです。また、この大人たちの微妙な距離の探り合いに、娘の夏菜ちゃんが、いいタイミングで爆弾を落としてくれるんですよね。

 

作品の中にも描かれているんですけれど、カナダでは同姓の結婚が認められています。そういった習慣の中で生きてきたマイクの行動は、日本にすむ私達には、異質と捉えられる物も多く、少なからず弥一や周りの人間のありふれた毎日を揺さぶります。その度、どちらかといえば、保守的な弥一は、困り顔になってしまいます。

 

しかし、娘の夏菜ちゃんや、そのクラスメート達のシンプルな捉え方を、目の当たりした弥一は、少しずつ「誰かを好きになる」「好きな人と一緒に過ごしたい」だから「結婚」というシンプルな考えを受け入れてゆきます。もしも、これが、弥一とマイクだけだったら、良二を失ったマイクの哀しみを間近に見たとしても、何処か、遠くの出来事のようにしかとらえられず、弥一の中に、同情以外の感情…、絆のような物が芽生える事はなかったのかもしれません。いつの時代の「騒ぐは大人ばかりなり」ということなのでしょうか。

 

そういった意味で言えば、弥一は、今の日本ではラッキーな人だったのかもしれません。もしも、夏菜ちゃんがいなければ、マイクと会えなければ、彼は、一生、弟への蟠りから、足を踏み出すことができなかったのかもしれません。

 

そもそも、弥一の立場からすれば。性的マイノリティと区分けされるマイクは、弥一の日常に飛び込んできた非日常なのかもしれませんが、マイクにとっては、良二と過ごした毎日こそが、かけがえのない日常であって、最愛の人を失った現在こそが、非日常なのでしょう。「弟の夫」は、マイクの日常と弥一の日常という二つの日常を描く事で、日常、非日常という分け方ではなく、同等の二つの違った日常が出会い、お互いが異質と思える事が、相手にとって大切な日常だと理解した時、いうなれば、男性だ女性、ゲイだ、ビアンだとか、そういった事を、一回、脱ぎ去り、シンプルに「人が人を愛する」という行為に立ち戻れた時に生まれる絆があるという事と、そういた絆と出会える事は、けっして不可能な夢物語というわけではなく、努力は必要だけれども、人と人の間で起こる、しぜんな心の動きなのだという事を伝えようとしてくれているようにも思えます。

 

また、亀田源五郎先生は、ゲイ・エロティック・アーティストを名乗るだけあって、社会的な主張もはっきり前に押し出しています。他の作品を、それ程、知っているわけではないのですが、「弟の夫」に関しては、ところどころにそう受け取れる箇所が見て取れます。漫画外のページで、LGBTの現状に関して書かれたページが設けられたていたり、何気に表紙絵のマイクがLGBTの社会運動を象徴するレインボーフラッグや、権利の主張を訴えるピンクトライアングルがプリントされている服を着ているなど、セクシャルマイノリティの今について知ってもらいたいという気持ちが、分かりやすい形で押し出されているように思えて印象的でした。そういった情報に触れられるという意味でも、面白い作品と言えるのではないでしょうか。


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漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
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