夜叉烏

今年の429日に亡くなられた荻野真先生の作品です。

荻野真先生というと、「孔雀王」が代表作として挙げられるのでしょうが、その他にも多くの名作を生み出している方です。

 

孔雀王自体は、私も子供の頃から読んでいたので馴染み深い作品でありましたし、とても面白くて、何よりも、お坊さんが印を結んで妖怪や、悪い神様と戦うというシチュエーション自体、当時はかなり目新しかったと思います。

 

「孔雀王」が名作だという事も踏まえた上で、個人的には、あえて「夜叉烏」を最初に推したい所です。

 

「夜叉烏」の連載が、ヤングジャンプで始まった頃は、孔雀王連載終了から、数年が経過し「退魔聖伝編」「曲神記編」と連載再開していたあたりだったように思います。

 

もともと荻野真さんのもつアメコミ×宗教のような、独特の世界観は、好きだったのですが、すでに孔雀王は全巻読破しており、私自身、お坊さんの妖怪退治に飽きがきていた頃でした。

 

勿論、「退魔聖伝編」「曲神記編」も読んでおりましたが、連載が長引き、主人公の孔雀が、かなりの真面目キャラになってしまっていたという事もあり、読者としては、もう少し「新しい切り口」を欲していた頃だったのです。

 

そんな折に出てきたのが「夜叉烏」の主人公、那智武流でした。

孔雀王の時に確立したアメコミ×宗教の形式を使い、今度はアメコミ×神道という形で作

品として成立させたとも言えるかもしれません。

 

「孔雀王」の作品発表時期と照らし合わせると、丁度、孔雀王と八百万の神々との闘いを描

いた「曲神記編」の前後あたりかと思いますので、おそらくは孔雀王の執筆時、もしくは、

取材時に併行して、試験的に作った作品なのかもしれません。試験的という言葉を使いまし

たが、面白さという点では、神道をメインに置いているという真新しさもあり、私は十分楽

しむ事ができました。

 

「夜叉烏」の主人公の那智武流の冴えない私生活も、初期の孔雀王を思い出させる所もあり、好感が持てました。

また、荻野真先生のアメコミ要素なのですが、アイテム一つとってみても、神道と相性が良かったのではないかと思います。例えば、孔雀王で孔雀が武器にしていた独鈷杵という仏教用の法具がありますが、「夜叉烏」の場合は、烏神剣という直刀や鏡なんかになります。この時点で、神秘っぽさも出て、アメコミヒーロー得点アップという感じです。

 

コスチュームも孔雀王は、お坊さんの法着なのに対して、夜叉烏はバットマンよろしくの烏を模した黒いボディスーツとなります。そして、孔雀が九字をきり、印を結ぶかわりに、夜叉烏は祝詞を口にしたり、掛け声をかけたりして、烏神剣を振り回します。この辺は神楽のようなイメージで描いているのでしょうが、そんな風にして敵だろうが、近くの空間だろうが、剣で切り裂けば、「常世」という虚無空間(まぁ、あの世みたいな物と思ってください)に吸い込まれてしまうのです。

 

こうした攻撃のパターン一つをとってみても、「夜叉烏」の方が、アメコミ方面に傾倒しているような気がします。逆に言えば、私が「夜叉烏」を推してしまう理由も、「恰好が良い」からなんですよね。

 

また、私の勝手な捉え方なのかもしれませんが、孔雀王と夜叉烏は、一連の繋がりを感じざるを得ないのです。わかりやすくいえば、「孔雀王」「孔雀王退魔聖伝」(「夜叉烏」)「孔雀王曲神記」という並びのような気がしてしまいます。そうした意味でも、孔雀王を荻野真先生の代表作として読むのならば、一緒に「夜叉烏」も必要なのではないだろうかという、勝手な思い込みも、私の「夜叉烏」推しの理由の一つと思っていただければうれしいです。

 

さて、「夜叉烏」のストーリですが、こちらは大きく四つに分ける事ができます。

     荒魂退治編/13

怨念を持った人の魂は、死んだ後、荒魂となり、生きている人に災いを成し、不幸な荒魂を増やし続けます。主人公、那智武流は、由緒ある熊野真宮の神主で、(熊野神宮ではない)はるか昔から荒魂を常世へと送り続けている一族の現当主、夜叉烏です。主人公の設定は、一応、三流大学を卒業後、就職につけず、実家の神主に収まったと、表向きでは通っているという設定です。

     夜叉烏蘇生/3巻終~5

荒魂退治編の最後で、死んで数年後に蘇生して、那智武流は不死の夜叉烏となり、いっぱしの死の管理者として生まれ変わります。そして、死霊達が口にする「おやかた様」という相手を探しながら、死霊達との闘いを繰り広げます。

     穢土編/5巻終~9

物語の中では、最も、多いページ数を使っている場所です。

舞台は二次大戦前の昭和の日本。丁度、226事件の辺りになります。そして、大戦前の日本から今度は、ちょっとだけ現在とは違う東京新宿歌舞伎町へと移ります。(この辺の舞台の移り変わりは、実際に漫画を見た方が分かりやすくて良いと思います)

現代の日本のように描かれていた歌舞伎町ですが、物語の後半で死者の妄想が作った町だという事が判明。この編で、夜叉烏がどういう性質の物なのかという事が描かれます。そして、主人公那智武流は、本当の現在の日本へと向かいます。

     幻都霊戦編/10

舞台は現代の日本に戻ります。

戻ってみたらびっくりです。日本は、人に死を与える事ができる夜叉烏が、腐ろうが飢えようが死ねない民衆を支配している、そんなマッドマックスのよう世界になってまいした。ちなみにスローガンは「死にたければ那智様に従え」です。

この支配者として君臨している那智が、色々な事件の黒幕の死霊の王でして、夜叉烏で

ある那智武流君の力が欲しかったのだけれど、この世の理で、死の管理者たる夜叉烏(那

智武流)は、一つの時代に一人という鉄の掟があったので、仕方なしに、那智君を二次

大戦前に飛ばして、本物の那智君がいない間に、那智君のお父さんの死体に憑りついて、

死霊を集めてクーデターを起こして、生者の世界を奪い取ったというあらましのようで

す。しかし、那智君が戻ってきてしまいました。同じ時代に二人の那智君は存在できま

せん。どちらかが消えなきゃいけません。さぁ、どうしましょう!

 

 

さらりと書くとこんな流れです。

細かい所は書いておりませんので、気になる方は、どうぞご自身の目で読んでみてください。

 

あらすじを簡単に追ってみましたが、

「まぁ、舞台がよく変わること、変わること…」

こういうストーリーラインが苦手な方は、一回、読んだだけだと、少し混乱させられてしまうかもしれませんね。

 

また、前文で「試験的」という言葉を使いましたが、伏線の回収よりも、物語の勢いの方を優先している印象は、部分部分で見られますが、それを差し引いてもこの物語が持つ「突き進むパワー」は必見だと思います。

 

何より、荻野真先生なりの日本社会での死生観の変遷への考察が文学的に描かれていて、それが、私にとってはとても面白く、こういった類の事は、結構抽象的な表現になりやすいので、論文とかよりも、こうした物語の形の方が表現しやすいのかもしれないな…、などと一人納得してしまいました。

 

 

あと、もう一つ言える事は、漫画の描写を見てみると、さすがに、青年誌でも現在連載するのは、ちょっと引っ掛かるんじゃないかな?という点がいくつかありました。

 

首は飛ぶは、切断された足にナイフの柄を突っ込んで蹴りにいったり、ふたなりのお姉さんはやられちゃうわ、殺されちゃうわ、着物のお嬢さんは脱がされて、○○〇〇を食いちぎられそうになったりなんてシーンが結構ありました。

今から思うと、昔は規制の緩い時代だったんだなと、改めて感心させられます。


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Author:manga2525
漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
すっかりメディアにはまり、きっと、その筋の業界の方には、
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でも、いいんです。よくよく分かっている事ですので、…というわけで、一人でテレビや本みてほくそ笑んでいるのもなんなので、人前で語ってみようと思い始めたブログです。

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