童夢

大御所、大友克洋先生の作品です。

大友克洋先生といえば、最近、再び脚光を浴びた「AKIRA」が有名です。「AKIRA」が1982年に連載を開始し、「童夢」が掲載を終了したのが1981年なので、「AKIRA」の一つ前の作品という事になります。

 

AKIRA」の前作品とは言っても、その作画の緻密さや、物語の不気味さなんかは、素晴らしく完成されています。読むほうとしては、ただ、引き込まれます。「童夢」は、一巻完結の漫画なので、短い分、大友克洋先生の技術や世界観が凝縮されている感があり、人によっては、「「AKIRA」よりも、「童夢」の方が会っている」という意見も結構ききます。さすが、初の小説以外の日本SF大賞受賞作です。

 

私がこの漫画を古本屋で買った時は、小学生の頃でして、古本屋で見つけた時期を思い出し見ると、恐らく、初版からそんなに時間がたっていない頃だと思います。恐らく、買った人は、わりと早く、古本屋に売ってしまったのでしょうね。その時の古本屋での値段は250円から、300円くらいだったと思います。掃除もしていない、汚い古本屋のさらに埃だらけのブースに平積みにされた束の中にありまして、購入して家に持ち帰ったら、本が汚すぎて母に小言を言われたのを覚えています。

 

ちなみ、その時、一緒に買ったのが小島剛夕先生、佐々木守先生の「天地に夢想」でした。若いころの伊東一刀斎を物語にした時代劇画漫画です。買った理由は、ああいう劇画漫画って、青年誌やビジネス誌に載っている事が多かったので、わりと濡れ場がそのまま描かれたりしていたという理由が大きかったです。ほら、当時、子供に対してエロが少ない時代でしたから…、勿論、チャンバラ漫画が好きという理由もありますけどね。

 

 

話を戻しますと、大友克洋作品の絵の緻密さが常人離れしているのは、誰もが知っている事実ですが、それ以上に、こちらの「童夢」を見て感じてしまうのが、大友先生の作品にある不気味さなんですよね。

 

勿論、SFホラーとして描かれているので、不気味な雰囲気は大事なのですが、その方法が上手くて、セリフをあまり頼らないというか、きっと、大友克洋先生自身が、何の変哲もない空間の不気味さを熟知されているという事なのかもしれませんが、そういった空間を凄く効果的に使っているような気がするんですよね。興味のある方は、読んでいただければ分かると思うんですが、風景の描写が凄い説得力があって、それだけにコマの中にいる登場人物の心の動きや、その人が何故そこにるのか?または、どんな事に違和感を感じているのか?とか、そういった事が絵を見ているだけでやけに伝わってくる時が、結構あるんですよね。絵の説得力っていうか、きっと、大友作品の緻密な描写の結果だとは思うんですが、ちゃんと大友作品の絵を見ていると、セリフとか最小限でいいかなって…、なんなら無言のコマが続いても、漫画が成り立っちゃうんじゃないかなと思ってしまうのですよ。

 

実際、「童夢」には物語の中で、登場人物の背後関係を喋るような場面はあっても、何があって、こうなったというような筋道立てて、事の真相を名言するような場面はありません。

 

ストーリーは、ミステリー仕立てではじまります。

ある団地で殺人事件が起き、捜査線上に容疑者があがります。

認知症が進んだ一人暮らしの高齢者、チョーさん。

業務上の事故による怪我で失業し、アルコール依存症となった吉川。

知的障害がある成人男子、藤山良夫さん。

流産してからベビーカーを押しながら団地内を徘徊するようになった手塚さん。

全員、怪しいといえば怪しい事のこうえない不審人物達ですが、決め手となる証拠はなく、容疑者を絞る事も出来ません。やがて、捜査にあたる刑事たちも不審死に見舞われます。警察の焦りに反して、捜査は遅々として進まず、暗礁にのりあげていました。

 

そんな折、えっちゃんという女の子が団地に引っ越してきました。そして、吉川の息子や、藤山良夫と遊ぶようになります。彼女の登場で、歪なりにも、かろうじて保っていた団地内の見えないバランスが崩れ始めます。そこから一つの悪意が、ドミノ倒しのように、誰かの狂気を呼び覚まし、大惨事へとつながってゆきます。

 

作品の中で、チョーさんは「まるで子供」と言われ、藤山良夫は「頭は子供、体は男」と表現され、吉川は社会人=大人という意味では、大人になれない人間ということで、子供といえるかもしれません。また、手塚さんに至っては、「子供を諦める事ができない母親です」そして、えっちゃんも吉川の息子も、子供そのものです。

 

こうやって見てみると、事件の主要人物の多くは、何かしら、子供というキーワードが与えられてるように思えます。しかし、こうした設定と「童夢」というタイトルの関係をはっきりと示唆するようなキーワードは作品の中には見当たりません。

 

実際、「童夢」はSF超能力ものなので、「超能力者がいて、大惨事が起きた」というシンプルな受け取り方でも十分楽しめますし、また、大友克洋先生もどのような形で理解されたとしても、楽しませる事ができるという自信があったからこそ、敢えて、物語の捉え方を一方向のみに固めるような表現を避けたのだとも考える事はできます。

 

しかし、それだけに作品のタイトルにもなっている「童」「夢」というキーワードが、どう関わり、また、大友克洋先生の中で、どうような意味を持ちながら、物語が進んでいったのかと考えると、未だに、何度も読み返してしまい、そして、その度に少しだけ違った感想を持つことが出来る…。私にとって、「童夢」はそんな漫画です。

 

 

 

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

manga2525

Author:manga2525
漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
すっかりメディアにはまり、きっと、その筋の業界の方には、
私はなかなか良いお客さんなのだと思います。
でも、いいんです。よくよく分かっている事ですので、…というわけで、一人でテレビや本みてほくそ笑んでいるのもなんなので、人前で語ってみようと思い始めたブログです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR