地方発 明治妖怪ニュース

これも厳密には、漫画ではないのですが、かなり、私の心を鷲掴みにした本なので、ご紹介させていただきます。

 

江戸時代では、妖怪文化というものが生活の中に根付いていたらしく、怪談、カルタ、錦絵、瓦版、現代も残される、様々な江戸の出版物の中にも、それらの名残は見せます。それらの文化、習慣は明治の御代、文明開化の訪れが来たとしても、そうそう変えられる物でもありません。

 

この本は、明治に印刷され、市井の人々が手にした新聞記事の中から、妖怪や不思議な出来事をピックアップして、地方紙ごとに分けた物です。この本を読んでいると、日本という国は、知識を娯楽とできる国民性なのだなと思います。

 

特に「何の誰兵衛が、幽霊と食べ比べをした」とか「幽霊が出てきておせっかいをやいた」だとかそんな記事が多く出版されていたのを見ると、本当に、昔から、妖怪という知識が好きだったのだなと思い知らされます。勿論、大きな新聞社なんかは別なのでしょうが、小さな新聞社なんかには、ちゃんと江戸時代の遊び心に溢れた瓦版文化が受け継がれていたようです。

 

まぁ、そういった感想は、横に置いておいて、この本に書かれている記事がなかなか面白いんです。折角なので、面白そうな記事を一つご紹介してみましょう。

 

「男が蛇に変ず」明治十六年九月五日、京都絵入新聞

書き出しは…、

「清姫驚くか否か、なったなった清姫は安珍慕ふて日高川を遊泳こえ道成寺に入り蛇になったのは昔の事で、嘘蛇か(うそじゃか)、実蛇か(ほんじゃか)狂言綺語で何蛇か(なんじゃか)知らねどこのごろ、新京極松ヶ枝町辺にて生た人倫(にんげん)が白蛇になったの蛇と…云々」

 

かなり軽妙な語り口調で始まるこの文章の内容としては、太さ九センチ、長さ二メートル強の白蛇を生け捕った山師(投機師と書いて、やましとも読むようで、この方が意味は分かりやすいかも)が見世物として売り飛ばそうとした事から話は始まります。

 

さて白蛇を、どう売ろうかと、新京極の興行師達に相談していた所、理髪店を営む捨吉が、その蛇を見かけ

「これは弁財天の遣わした蛇だから、見世物なんかにしちゃいけない。放した方がいいよ」なんて事を言い出し、それを聞いた興行師達も

「うん、あいつの言う事も最もだ!」(ここで納得する所が凄い)

「もしも、ちゃんと放したら、弁財天のご利益で、どんなに幸せになれるか分からないぞ」という話で一致して、次の月にはみんなで湖まで行って蛇を放した。という事なんですけど、話はその後日談に移行する訳なんですよね。

 

捨吉の使用人の梅吉が、その後、「あの蛇はどうなりましたか?」と聞いてきました。

捨吉は事の次第を話し、蛇を湖水に帰した事を話していると、不思議な事に梅吉の首が、だんだんと伸びてゆき、蛇のように舌先をちょろちょろと出しながら、その場に倒れ、後は何も喋れなくなってしまいました。

 

梅吉は蛇のように腹這えのまま動き、座敷の中を回っている。それを見た捨吉は

「是、全く弁才天のご利益にて梅吉が蛇になったと歓喜居るに、反対(ひきかえ)梅吉は其の後、一切物も言えず、苦で居るという噂さ」

と、なんだか、喜んでいるですよね。(ご利益じゃないだろう。少なくとも、それは…)

 

記事の結びは、「是は当人の神経病蛇と記者が保証して世の囂囂連(がやがやれん)を警戒(いましめ)た新聞蛇(しんぶんじゃ)」と結んでいます。

 

確かに突っ込みたくなる所が、あまりにも多すぎる記事ですね。

て、いうか…全員、ポジティブシンキング!

蛇を見世物に出来ない事よりも、それを放して、自分達に、どんな良い事が起こるのだろうと思って喜んでさえいるという凄まじい思考パターン。

それなら、初めから見世物小屋なんてやるなよ、というのは、現代の考え方であって、言ってもせんなき事なのでしょう。

 

そして、当時の記者が、なんと気前よく保証という言葉を使う事か。今ならば、考えられない事です。

 

さらに弟子が言葉が喋れない状態になっても、なお「ご利益で、蛇になった」と喜んでいる捨吉主人!それは、どう贔屓目で見ても、○たりの部類なんじゃないでしょうか?

 

勿論、タブロイド紙なので、事の真相は問題ではなく、娯楽性を優先しているのでしょうが、妖怪や不思議な物に対する身近さとか、当時の人達の距離感みたいな物が少し窺えるような気がします。

 

そして、何よりも、最後まで徹底した「~蛇(じゃ)」という語尾。蛇だから「じゃ」とい

いう発想に、ジャブ程度のカルチャーショックは、受けずにはいられませんでした。

 

他にもスローなカルチャーショックが受けられそうな話が。てんこ盛りで詰まっている本です。興味のある方は、是非、ご一読下さい。

 

最後に、私が、この本を読んで感じた事なのですが、実際の所、江戸時代の妖怪文化が続いているとは言いましたが、彼らの生活に全く変化がなかったという意味でありません。時代は明らかに変わり、人々の生活も変わり、新聞の中の記事に描かれている人々の生活も、明らかに江戸時代よりも、半歩、現代の私達の生活に近づいているのが分かります。

 

260年続いた江戸時代が終わり、生活は一変し、今まで当たり前だったものが、当たり前ではなくなり、今まで異質だったものが、当たり前となってしまった生活、何を信じていいかも分からない…。そんな時代だったのではないでしょうか。もしかしたら、当時の人達も、現代の私達と同じ先の見えない不安を抱えていたのではないでしょうか。こんなにも多くの、不可思議な内容の新聞記事がオフィシャルな物として出版されている事は、江戸の時代への懐かしさと同時に、私には、当時の日本の人々の未来への不安も強く現わしているような気がしてなりません。

 

また、そう思う事で、明治の人達と現代を生きている自分たちの間にも、繋がりのような物も微かに感じられるような気がするのは、私だけではないのではないかと思っています。

 

 

 

ちなみに、当時の全ての新聞が、こういう形であったという訳ではありません。あくまで、こういう分野が確立されていたという迄の話です。…念のため。


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Author:manga2525
漫画、映画、アニメ、ドラマ大好きです。
すっかりメディアにはまり、きっと、その筋の業界の方には、
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でも、いいんです。よくよく分かっている事ですので、…というわけで、一人でテレビや本みてほくそ笑んでいるのもなんなので、人前で語ってみようと思い始めたブログです。

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